お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “ウチのkittyは ご機嫌ななめ”
 


そおっとそおっと触れたところから、
なのにそんな気遣いもかなわず、
指先が敢えなくしゅわしゅわと沈みそうなほど、
それはふんわり柔らかい、
淡雪のようなマシュマロのようなもちもちの頬へ。
一応はやんわりとした触れ方をしたというに、

 「ぎいっ、にゃっっ
 「おっと…。」

それはそれは素早い、正に一閃という仕業。
お米粒のような歯を見せて、小さなお口をかかっと開き、
細い眉の間へ一丁前にしわを刻んで。
非礼な真似をしたな貴様と、
手を伸べて来た相手へ、
鋭いお顔をして見せる坊やだったりしたものだから。

 「どうした久蔵。何か喉につかえたか?」
 「違います、不機嫌なのですよ、勘兵衛様。」

ついさっきまで執筆にかかっていた御主様なので、
事情が全然見えぬのも仕方がないとはいえ。
いかにも“怒ってます”というお顔になったおチビさんだというに、
そんな見当違いな案じをなされても…と。
キッチンからお茶の支度を運んで来た七郎次が苦笑する。

 「…みゅう。」

大きな掃き出し窓の向こうに広がる、ようよう手入れされたお庭には、
まだまだ夏の濃緑が瑞々しいものの。
それを照らし出す陽差しの色は、微妙に乾いて何となく秋の気配。
崩した脚の間へお尻を落としてちょこりと座り込み、
リビングの端っこから、そんな風景を眺めやる小さな背中は、
心なしか小さな肩を落としてもいて。

 「不機嫌?」

てっきり元気がないのかと思いきや、と。
なので ちょっかいを出した勘兵衛だったらしいのへ、
手びねりの重たげな湯飲みを
“どうぞ”とローテーブルの上へと置いて勧めつつ、

 「ええ、今朝あたりからあの調子で。」

クロちゃんにもシャーッなんて言って、
背中を膨らませて威嚇したりするんで、ほらここに、と。
カーゴパンツの腰へと巻いていた、
一見ウエストポーチのような 丈の短いカフェエプロンの
ポケットの1つの縁、
指先に引っかけて引っ張って見せる七郎次であり。
奥行き(まち)が取られたそのポッケからは、

 「みゃうっ。」
 「……っ☆」

小さな小さな黒猫さんが
ひょこりと飛び出して来たから、こりはびっくり。

 「…隔離のつもりか、シチ。」

これでは亜流のカンガルーもどき。
そうまでしている恋女房なのへ、
おいおいと、勘兵衛もさすがに
過保護を咎めるような言いようをしたけれど。

 「だって、構ってやらぬくせに
  向こうからは爪出してパンチとか寄越すんですもの、ねぇ?」

終しまいの部分では小さな黒猫さんへの、
同意を得ようという問いかけになってるお言いよう。
人の言葉は判らぬか、小さな兎ツ口をぱかりと開き、
にゃあとか細く短く鳴くばかりのクロちゃんのお声が。
そちら様にも聞こえたものか、

 「〜〜〜。」

窓辺の小さな背中がやや大儀そうにこっちへ捻られ、
うう〜〜っと紅色の双眸をたわめたそのまま、

 「うにゃ〜〜、みぃ。」

こてんとその場へ身を倒し、
小さな頭でフローリングの床をごしごしし始めるに至り、

 「…ほれ、出番だぞ。」
 「〜〜〜〜〜。」

不機嫌になって拗ねたおし、近づく人は皆キライキライと、
棘々しい態度で文字通りの牙を剥き、
寄せ付けぬようにしていた小さな坊や。
ああいうときは下手にご機嫌を伺っても、
ますます鬱陶しいと感じて拗ねるばかりだからと。
わざと知らん顔をして距離を置いてたらしい
七郎次おっ母様だったらしいのだけれど。

 「お願いします。」

クロちゃんごと カフェエプロンを外すと、
そっと勘兵衛の手へ託し、
静かにもう一人の我が家の坊やへ歩み寄り、

 「…久蔵?」

ほんのちょこっと、小さなメインクーンさん一人分の間を残し、
板の間にお膝をついて、腰を下ろした七郎次なのへ。

 「〜〜〜〜。」

何がイガイガするものか、
もしかして自分でも判らなくての拗ねようなのか。
小さなサクランボみたいなお口を“ふみみ…”と見る見る歪ませると、
ぎゅうひ餅みたいに ふかふかやわやわなお手々をついての這うように、
とたとたおっ母様のところへ寄ってく坊やであり。

 「みゅうにぃ、みゃう。」
 「ん〜、どうしたの。何かイライラしちゃうのかな?」

お膝に手をかけ、よじ登って、
なんなんなぁぁと訴えかける小さな坊やへ、
うんうんと真摯なお顔で頷いて差し上げ。
小さなお手々を両方持ち上げ、抱っこ抱っことせがまれてから、
ようやっと はいなと応じて差し上げる。

 《 先んじて構いつけると、
   間が悪ければ苛々へ障るやも知れぬとお思いだったのですね。》

 「うむ、そのようだの。」

にゃんみぃ・みゅうみゅう、それは切ない声を上げ、
小さなお手々で抱えられた七郎次の懐ろ、
Tシャツにしがみつく様も可憐なおちびさんだが、

 《 このところ、
   宵から朝にかけてが随分と過ごしやすいではないですか。》

 「ああ。」

寝苦しかった夜更けにうんざりしていたものだから、
打って変わってのこの涼しさは嬉しいと、
ついつい屋根の上を渡ったり、遠出して妖異に遭遇してしまったり。

 「…それで、
  熱帯夜に勝るとも劣らず、相変わらずの寝不足だったと?」

 《 そういうところです。》

昼は昼で、やっぱり相変わらずの暑さですから、
心ゆくまでという昼寝も出来ませんしねと。
そういう風貌だからというのもあったが、しれっと言ってのけるクロ殿も、
実は 判っていて黙っていたクチであったようで。

 「…まあ、この残暑もすぐにも引くだろうしの。」

キャラメル色のふさふさなお尻尾をたゆたゆと揺らして振って、
おっ母様の懐ろでみゃあみゃう・みぃにぃ、訴え続ける仔猫様なのを。
しょうがない奴よのと、それでも苦笑でもって見守る家長様のお膝にて、
こちらはどこからか香る焼き魚の匂いへ、
くんすんと小鼻を立ててる黒猫さんだったりし。


 いやはや、今年は特に どんどんと深まってほしい
 秋だったりするのですよ、はい。






   〜Fine〜 13.09.10.


  *ホント、朝晩は過ごしやすいんですが、
   昼の間の暑さはまだまだ半端ないですね。
   31度だと、このやろー。
   まま確かに空気は乾いててカラッとしてますが、
   それでも何かするにも集中しにくく、
   書き物とか縫い物とかをしようとするなら、
   陽が傾くのを待つ始末。
   すっかりと逃げ腰です、おばさん。
   そして夜更かしをしてしまい、
   次の日の昼はつらいという悪循環なのを、
   久蔵ちゃんに投影してみました。(暑いから昼寝も出来んし…。)
   皆様はこんなことのないようにね。(ううう…)。

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